F1界の根幹を揺るがした、ブリヂストン「撤退」の衝撃。
text by Hirao Nishiyama
photograph by Hiroshi Kaneko
ミシュランやグッドイヤーを抜き世界シェアと売り上げ高で1位のブリヂストン。'06年のドイツGPにおいてF1通算100勝の偉業も達成している
11月4日に日本のF1界にとって驚天動地のトヨタF1撤退会見が開かれたその2日前。もうひとつの日本F1組の去就が報じられていた。F1タイヤを一手に供給しているブリヂストン(BS)が、再来年の2011年からの供給は行わないという主旨のリリースを配信したのだ。
タイヤ供給に手を挙げるメーカーがない!?
実は、これはF1界にとってトヨタ撤退以上にショッキングな話題なのだ。
トヨタの撤退はドライに見れば1チームの不参加で済むが、ブリヂストンタイヤは全チームの足を支えてきた。だからこの日本のタイヤメーカーの撤退宣言は、F1界全体を揺るがす発表だったのだ。
FIA(国際自動車連盟)の統括するF1世界選手権のタイヤは、現在のところ入札制によるモノポリー(単独メーカー供給)となっている。そして、来年2010年まではBSが供給契約を結んでいるのである。
そのBSが2011年から供給しないということは、FIAが札元となる“F1タイヤ”入札に「2011年からは参加しませんよ」ということを意味する。ということはその入札で最高札を入れたタイヤメーカーが、向こう数年間のF1タイヤ供給を独占できるということなのだが……実際には札を入れるメーカーが出て来そうもないようなのだ。
F1とてクルマ、タイヤがなくては走れない。さて、どうするFIA?
ミシュラン、横浜ゴムはF1には興味なし。
現実問題としてF1タイヤを供給する能力があるメーカーは限られている。
その辺の事情に詳しいBSのエンジニアにコッソリ聞くと「グッドイヤーはF1界を去って10年。いまはNASCARが主体ですから、技術的にも難しい。出来るのはミシュランだけでしょう」ということだった。
当のミシュランの日本駐在員に聞いてみると、本社では「ウチはやらないヨ」とニベもないとのこと。
ミシュランは2006年でF1を去った(入札に参加しなかった)のだが、その最大の理由が“競争のない分野には技術的挑戦の魅力を感じないから”というものだった。FIAの領導するモノポリー路線に正面切って噛み付き、喧嘩別れに近いかっこうでF1界を去っているのだ。F1タイヤを造る技術と設備は持っているが、F1に対するモチベーションがないのではどうしようもない。
では、日本の他のメーカーはどうか?
たとえば横浜ゴム(ADVANタイヤ)。
同社の時枝明記モータースポーツ部長に聞くと「F1はやりません」と笑いながら応えてくれた。同社はいまフォーミュラルノー・ワールドシリーズにタイヤを供給しておりF1タイヤを造る能力アリと見られているが、FIAのWTCC(世界ツーリングカー選手権)への独占供給で別路線を歩んでいてF1には色目を使わないことにしたようだ。BSの二番煎じと見られるのを嫌っているのかもしれない。
韓国の2大メーカーには技術的な障壁が。
他にはないかと頭を巡らせば、韓国にクムホ、ハンコックと二つのタイヤメーカーがあった。
来年からF1韓国グランプリが開かれるとあっては、両メーカーにとって喉から手がでるほどのチャンスだろう。とりわけクムホはマカオF3グランプリにタイヤを独占供給し、日本のスーパーGT300にも参戦している。次は一気にF1だ! と考えてもおかしくない。ただし、現実問題としてさまざまな障害がある。
ひとつは技術的問題。
BSがF1参戦翌年の1998年にチャンピオンを獲れたのは、参戦前年の1996年までにF3000、インディ、ル・マン(グループC)、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)などに手広く参戦し、ル・マンを除いてはチャンピオンを奪るという堂々たる実績があったからだ。それをベースにしてのF1タイヤ参入だったのだ。そうした技術蓄積が韓国タイヤメーカーにはないし、また年間4万本に上るF1タイヤを製造する設備があるかどうかも疑問。さらにF1のルールではきびしいテスト制限が設けられており、タイヤができたからといっておいそれと転がすわけにはいかない事情もある。
「再来年からウチ以外のメーカーがF1タイヤを供給するとしたら、各チームが2011年用マシン開発に本格的に取り組む来年2010年夏までにはタイヤを造らなければならない。そのためのスタートはギリギリで……今でしょう」とBSのエンジニア氏。どうやら韓国タイヤメーカーには荷が重そうだ。
韓国メーカーにOEM供給すれば問題は解決!?
となると話は振り出しに戻ってしまう。
そこで素人考えながらひとつの解決策を。韓国タイヤメーカーがBSとOEM(相手先ブランドによる供給)契約を結ぶというのではどうだろうか? BSとしてはエンジニア、タイヤフィッターを含む70人余りの人的リソースをリストラすることなく禅譲できるし、費用負担も激減する。
ただしこのBS・OEM戦略(!?)にも難点がある。それはウォン安。とりわけいまが円高とあっては年間三桁の億(円)を韓国メーカーが出すのは酷かもしれない。
やはりBSは「撤退」せず? タイヤ問題の決着はいかに。
となると最終的には進退きわまったFIAが、ブリヂストンに三拝九拝。三顧の礼を尽くしてFIAおよび全F1チームの費用負担で、BSのF1タイヤ供給継続となるのが最善の道。たとえばBSの子会社「ファイアストン」のブランド名で……。現実に横浜ゴムはWTCC用タイヤをFIAに買い上げてもらう有償供給の形を採るばかりか、来シーズンは値上げまでしてもらったというくらいなのだから。
そんなふうに想像を逞しくしながらもういっぺんブリヂストンのプレスリリースを読み返してみると「契約満了を一区切りとし」と書いてあるだけで「撤退」の文字はどこにもない。まさかブリヂストンがそこまで先読みしているとも思えないが、ゴムという粘りの製品が主力だけに、軸足はまだF1界にしっかりグリップしているのかもしれない。
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